可制御性スコアについて

我々は可制御性スコアという新概念を提案し,2025年10月からJSTさきがけ研究領域「未来を予測し制御するための数理を活用した新しい科学の探求」において,「可制御性スコアに基づくシステム介入と変革点検知」という研究が行われています.このページでは可制御性スコアについて紹介します.

研究背景

脳ネットワーク,社会ネットワーク,生体ネットワークなどの大規模ネットワークシステムでは制御を行う前段階として,どのノードにどの程度介入すべきかを決定することが重要である.大規模ネットワークにおける介入点決定問題が注目を集めた契機はBarabásiらによるControllability of complex networks, Nature, 2011からである.この研究はネットワーク構造だけからシステムを可制御にする最小入力数と介入点を決定するアルゴリズムを提案した.この構造可制御理論はネットワークの枝の重みが未知でも,その構造だけから介入点を決定できるという特徴がある.しかし,可制御であっても所望の状態へ到達させるために必要な入力エネルギーが極めて大きくなる場合があり,単に可制御か否かを判定するだけでは不十分である.そのため,可制御性の大きさを定量的に評価することが重要であり,その中心的な役割を果たすのが可制御性グラミアンである.これに基づき様々な可制御性指標が提案されてきた.

大規模ネットワークシステムの介入点を決定する際の自然な発想は「各状態ノードに単一の入力を加えたときの可制御性指標の大きさ」を測定し,その値に基づいて状態ノードの中心性を定義することである.例えば,SummersらのOn submodularity and controllability in complex dynamical networks, 2016ではこの考えに基づきVCEとACEという指標が提案されている.しかし,私の解説記事「ネットワークシステムの可制御性スコア」(https://www.jstage.jst.go.jp/article/isciesci/68/6/68_206/_pdf)の4.3節で指摘されたように,これらの指標は中心性としては適切ではない.これは状態ノード数に比べて入力ノード数が非常に少ない場合は可制御性を大きくすることは原理的に困難なためである.この点を理論的に明確化したのがBaggioとZampieriによるControllability of Large-Scale Networks: The Control Energy Exponents, 2024である.

可制御性スコア

我々は,従来の指標の限界を克服するために,可制御性スコアを提案した(下図参照).

これは,状態ノードと入力ノードが1:1に対応する仮想的な枠組みを導入し,「どのノードにどの程度の重みで介入すれば系全体を最も効果的に制御できるか」を定量的に測る新しい指標である.可制御性スコアは最適化問題の解として定義されるため,一意性が保証されるかが問題になる.我々は任意のシステム行列に対して,ほとんどすべての評価時間で解が一意であることを証明し,解釈可能性・比較可能性・再現可能性を理論的に保証した.さらに,標準単体上への射影勾配法に基づくアルゴリズムを設計し,生成列が可制御性スコアに線形収束することを証明した.実データ解析として,脳ネットワークを用いた研究を行い,VCSとAECSという二つの可制御性スコアが従来指標と異なる評価傾向を示すことも明らかにした.具体的には,AECSは認知・運動関連領域を,VCSは感覚・情動関連領域を高く評価する傾向が見られた.このことは,既存の中心性では捉えにくい「介入の効きどころ」を明示的に可視化できる可能性を示唆している.以上の内容は以下の論文に記載されている.

さらに我々は時間変動ネットワークに対しても可制御性スコアを定義し,実験データから可制御性スコアを推定するデータ駆動型手法を以下で提案した.

しかし,実際の応用場面では,介入可能なノードが限られることが多い(下図参照).

この現実的制約を踏まえ,我々はターゲット可制御性スコアを定義し,その近似計算法と誤差解析を以下で確立した.

可制御性スコアに基づくシステム介入と変革点検知

さらに我々は,未知・非線形システムに対してKoopmanリフトを活用して高次元線形化を行い,ターゲット可制御性スコアを用いて介入すべき変数を特定する新たな数理的枠組みの確立を目指している(下図参照).